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2009年3月28日 (土)

祖父の死

3月25日、父方の祖父が亡くなりました。78歳でした。

何年か前に糖尿病を患い、

それから腎臓が機能しなくなり、人工透析を何年も受けていました。

家の中で何度も転ぶようになり、病院に行ったところ肝臓癌との診断でした。

足がもつれるようになった原因は、腹水による足のむくみだったそうです。

祖父は、亡くなる2週間半前に

「一泊の温泉に家族で行きたい」「みんなで写真が撮りたい」と言い、

それにあたしも参加しました。

そのとき、祖父が肝臓癌だと祖母から知らされました。

祖母たちも、温泉に向かう途中に寄った病院で告知されたそうです。

その時点での余命は3ケ月もつかどうか。

本人には知らされることはありませんでしたが、

祖父は死期が近いことが分かっていたんだと思います。

たくさん写真を撮りました。最後の元気な写真を。

今回しかないと思い、祖父の病気のことは出来るだけ考えず、

ミスがないようにカメラの設定に集中しました。

あとから祖母に聞くと、

その時の祖父は今までに見たことがないくらい楽しそうにしていたそうです。

だけど、体力は確実に衰えていました。

祖父を支えると、男の人の重さではありませんでした。

驚きを隠せませんでした。

祖父が亡くなる3日前、祖母から電話がありました。

祖父と会話していたら、「ゆうか?」とあたしの名前を祖父が呼んでいた、と。

次の日、温泉の時の写真を焼いて急いでお見舞いに行きました。

前の日までは自分の足で歩いてトイレにも行けた祖父が、

その日から自分で起き上がることもできなくなり、ずっと寝ているだけでした。

話しかけても少し辛そうで、静かに寝ていたいという感じでした。

写真を見る余裕も、多分ありませんでした。

余命3ケ月とは言われたものの、そんなに持たないと思いました。

次の日また、祖母とお見舞いに行きました。

祖父はずっと寝ているようでした。

祖父を呼んで起こし、顔を近づけて「あたしわかる?」と聞くと、

祖父はかすれた小さな声で「家に帰りたい」と言いました。

何度もそう言っていました。

泣いちゃだめだと思いましたが、止められませんでした。

次の日の午前中、叔母から電話がきました。

主治医の先生から一時帰宅の許可が出たから、

今日家に一緒に帰る、ということでした。

あんなに家に帰りたいと言っていたから、よかったーと思っていました。

午後、叔母からまた電話がきました。

祖父が危篤だ、容体が急変した、と。

家に帰れるって言ってたのに!

急いで病院に車を走らせました。

病院に向かう途中で、また電話が鳴りました。

震えた声で叔母が言いました。

「今、じーちゃん亡くなった・・・」

**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**

余命3ケ月言われましたが、それから2週間半の命でした。

棺の中に、温泉の時みんなで撮った写真を入れました。

どうしてもっと早く焼いて持っていかなかったんだろうと悔やみました。

火葬に入る棺に、祖母は泣きながら震えた手をのばしていました。

どんなに喧嘩しても、どんなに文句を言い合っても、

50年連れ添うというのはこういうことなんだなって心に刺さりました。

祖父は、温泉の帰りに家族全員とあたしに

名入りでキーホルダーを買ってくれました。

山形県天童独自の将棋の駒「左馬(ひだりうま)」のキーホルダーです。

福を招く商売繁盛の守り駒だそうです。

温泉で、祖父が少しかすれた声でその意味を教えてくれました。

少しかっこ悪いけど、大切にケータイに付けています。

そのお礼も言えなかった・・・。

じーちゃん、今までいろいろ心配かけてごめん。

あたしがじーちゃんの心配をしたのは最期の何年かだけだっだけど、

じーちゃんはあたしが産まれてからずっと

面倒見たり心配したりだったんだよね。

その偉大さに今になって気づいても遅いんだけど。

じーちゃん、ほんとありがとう。

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写真&日記」カテゴリの記事

コメント

辛かったでしょう。お悔やみ申し上げます。

お家に帰れなかったのはかわいそうですが、皆と温泉に行って嬉しかったでしょうね。きっと天国で思い出して喜んでますよ。

私も最後はそうしたいかな。元気出してくださいね。

投稿: 夕凪 | 2009年3月28日 (土) 23:34

突然のことで、大変残念ですね。
お悔やみ申し上げます。

「おじいちゃん」って、一番、絶対的に優しい親類ですよね……

きっとかわいくて頑張り屋さんで写真を撮るのが上手な孫のことを
一瞬だって忘れたことないですよ(´;ω;`)
将棋のこま、大切なお守りになりますね。

投稿: のんたん | 2009年3月28日 (土) 23:41

お悔やみ申し上げます。

俺の父も肝臓ガンで数年前に亡くなりました。

父の場合は余命三ヶ月と言われながらも
1年、闘病しましたが、その間の病気の辛さは
本人にしか分からない苦しみだった事でしょう・・・

俺の場合も「生前こうしてやればよかった」と思う事は
幾らでも出てきますね。


投稿: takeyari | 2009年3月28日 (土) 23:49

お久しぶりです。

大切な人とのお別れ、辛いですよね・・・
心からお悔やみ申し上げます。

私も父が亡くなった時、色々思うことがありました。
だから、今のそらちゃんの気持ちがわかる気がします・・・

そらちゃんの心は、きっとおじいちゃんに届いていると
思いますよ。

投稿: 梅ちゃん | 2009年3月29日 (日) 00:24

心からお悔やみ申し上げます。

おじいちゃんやおばあちゃんの存在って、いつも自分の味方のようなもんだよね。そういう存在を亡くすことは、甘えられるところを失うようなものでとっても寂しいね。こうやって人は大人になるのかな?って思ったりします。

そらさんのおじいちゃんとおばあちゃんの夫婦愛にじんとするものがあったよ。私も何十年も一緒の夫婦愛を作れるのかなぁ。

投稿: N | 2009年3月29日 (日) 05:07

涙出た・・・
アタシも、ばあちゃんにはかなり世話になったのに、
恩返しできないまま死んじゃったよ。
学生の時で離れてたから死に目にも会えなかった。

これからおばあちゃん寂しくなっちゃうだろうから、
いっぱいおばあちゃんに会ってあげてね。

投稿: ヨネ | 2009年3月29日 (日) 07:36

心からお悔やみ申し上げます。

ブログにコメントしていたおじいちゃん?
好奇心がいっぱいの優しそうなおじいちゃんで
いいな~って思ってました。
きっと、おじいちゃんはそらさんが孫で
本当によかったと思っていることでしょう!
これからは天国からそらさんの活躍を
見ていると思いますよ!

だから、そらさん元気出してね!


投稿: yo-ko* | 2009年3月29日 (日) 10:00

このたびはご愁傷さまでした。

身内の死は辛いものだね。
あたしも何度か経験しているけど
いっぱい泣いて送り出したよ

いつだったか自分の守護霊をみてもらったときに
大好きだったじいちゃんとばあちゃんが見守ってくれてることを知って寂しくなくなった。
今でも生前と変わらず大好きなじーちゃんとばーちゃんのままだな~。
そらちゃんのじーちゃんも、きっと見てくれてるょ。


投稿: リンゴ。 | 2009年3月29日 (日) 10:45

そらチャン(ノ_・。)辛かったね。
でも、みんなで温泉♪おじいチャンとっても楽しかっただろうなぁ☆

きっと 今ごろ写真見て楽しそうに笑ってるねd(ゝω・*)b

いくは赤ちゃんの頃から父子家庭だから、父方のじいチャン&ばぁチャンしか知らないんだけど。
じいチャン&ばぁチャンが一緒にいたから、母がいない事で不思議と一度も淋しい思いをした事がないんだ☆
じいチャン84歳、ばあチャン77歳 いくもしてあげられるうちに恩返ししなきゃ(゚∀゚*)

投稿: いく | 2009年3月29日 (日) 11:12

■夕凪さん♪
ありがとうございます。
亡くなってからより、亡くなるまでのほうが辛い気がします。
入院中もなんだかすこしつらそうだったので・・・
最後に温泉に行けて良かった。
じーちゃんも家族も思い出になったと思います。


■のんたんさん♪
ありがとうございます。
病気のこともあったので気持ちの準備は出来ていたものの、やはりこうなってみると辛いですね。
癌と知らされてから短すぎました。
そうですね、祖父や祖母は絶対的な存在ですね。


■takeyariさん♪
ありがとうございます。
そうでしたか、お父さまを癌で・・・。
癌治療は辛いと聞きます。半年間がんばったんでしょうね・・・。


■梅ちゃん♪
ありがとうございます。
お父さまを亡くされてるんですもんね。おつらかったでしょう。
生前どんなに尽くした人も、悔やみは残るものなんじゃないかと思います。
山形に帰ってきたことで、少しでも近くに居れたなって思いました。


■Nちゃん♪
ありがとうございます。
ほんとです。親や祖父祖母はいつまでも味方で、そしていつもでも居てくれる気がするんですよね。
きっと、だから亡くした時の後悔が大きいんですね。
色んな事をしてもらったのに何も返せなかった・・・って。
決してすごく仲がいい祖父と祖母ではなかったけど、やはり夫婦愛なんでしょうね。


■ヨネちゃん♪
涙流してくれてありがとうね。
あたしも書きながら号泣でした(笑)
離れてると仕方のないこととは言え、後悔が残るよね。
中学のころに母方の祖母を亡くした時は、一緒に住んでたのに何もしなかったから
今でもものすごく後悔してます。
今回は、出来るだけのことをしようと思ってたし
近くに居れたから自分的に少し納得出来てるんだぁ。


■yo-ko*さん♪
ありがとうございます。
コメントのじーちゃんではないんだぁ(笑)
そのじーちゃんは元気いっぱいしてます(笑)
やっぱり家にひとりで居たりすると思い出しちゃうよね。

■リンゴ。ちゃん♪
ありがとうございます。
リンゴ。ちゃんも何度か経験しているんだね。辛かったでしょう・・・。
火葬のときは、あたしは泣かないと思ってたけど
ばーちゃんのせつない姿を見て泣けてきました。
リンゴ。ちゃんにはおじーちゃんおばーちゃんがついててくれてるんだね!心強い!

■いくちゃん♪
ありがとね。
温泉は、最後のいい思い出になったんじゃないかな。
あたしも連れてってもらって、じーちゃんやその家族にとっても感謝してます。
そらチャン(ノ_・。)辛かったね。
そぉかぁ。いくちゃんは父子家庭だったんだぁ。
おじーちゃんおばーちゃんから大切に育ててもらったんだね!
大事にしないとだね♪

投稿: そら | 2009年3月29日 (日) 13:20

お悔やみ申し上げます。
コメ遅くなりました。ごめんなさい。
わたし、そらさんのじいちゃんの死に方、尊敬します。
最後の最後までしっかり生きてらしたんですね。
そらさんが何もお礼を言わなくても心配かけても、きっとそれがじいちゃんの幸せだったのでしょう。
だって、手のかかる子ほど可愛いッていうじゃないですか。
きっと、甘えて来る孫が可愛かったに違いありません。
そう言う意味で、祖父孝行の孫だと思いますよ。
私には一度もじいちゃんの経験がありません。母方は母が幼い頃に亡くなったし、父方も私が生まれる前にでした。
だから羨ましいな。キーホルダー宝物になるね。

投稿: ぴーち | 2009年4月 2日 (木) 18:43

■ぴーちさん♪
ありがとうございます。
キーホルダー大切にします☆
そぉかぁ・・・ぴーちさんはじーちゃんを知らないんだね。
確かに亡くなるのは悲しいけど、あたしは何人もじーちゃんがいて幸せかな。
じーちゃんが亡くなったころ、ちょうどイトコの子供に歯が生えてきて、「じーちゃんの生まれ変わりだ!」ってお嫁さんが言ってて、少し感動してしまった。
この時代に曾孫まで見れたじーちゃんは幸せものかも!

投稿: そら | 2009年4月 2日 (木) 22:21

つらいお別れでしたが最後に温泉に行けた事が何よりだったと思います。

わたすも4年前父が急に亡くなりまして、古川に来たのは定年後に住むために家を建ててたんですが後半年というのに逝ってしまいました。
せっかく建てたのに売るなんてとてもできなくて、今は母親と二人暮らしですが大好きな車も乗れるし、サーキットも近いしこっちに暮らして良かったと思います。

投稿: LUCKY BLUE | 2009年4月 3日 (金) 08:21

つらいお別れでしたが最後に温泉に行けた事が何よりだったと思います。

わたすも4年前父が急に亡くなりまして、古川に来たのは定年後に住むために家を建ててたんですが後半年というのに逝ってしまいました。
せっかく建てたのに売るなんてとてもできなくて、今は母親と二人暮らしですが大好きな車も乗れるし、サーキットも近いしこっちに暮らして良かったと思います。

■LUCKY BLUEさん♪
風邪治ったかな。
そっかー。だから古川に。
建てた家に住めなかったのは残念だったけど、その分まで大切にしなきゃだね!
宮城はサーキット2つあるからね♪

投稿: そら | 2009年4月 3日 (金) 22:47

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